オリンピックで採用された
持続可能な漁業の取組み

リオオリンピック・パラリンピックで採用された家族経営企業による持続可能なマダラ提供の取組み

アイスランドの人々は、昔から海の恵みに支えられてきました。

アイスランドの先住民は、美しい自然環境と豊かな漁場で漁業を営み、繁栄してきました。今日では、水産業はアイスランドの主要な産業であり、誇りでもあります。

第2次世界大戦後、先進国となり世界で最も豊かな国の1つとも言われたアイスランドですが、ますます発展するグローバル市場で豊かさを維持するためには、水産資源管理を含めた新しいやり方に転向する必要がありました。

今の私たちがあるのは、かつてここで漁業者として生きた人々のおかげです。

Pétur Hafsteinn Pálsson 氏は、アイスランド南西部の都市、グリンダヴィークにある家族経営による漁業・加工会社であるヴィジール(Visir)社のゼネラル・マネジャーです。

アイスランドで最も成功したはえ縄漁業の1つでもある漁業の責任者のPétur 氏ですが、驚くほど謙虚です。

「私はもともと祖父の名にちなんでSighvaturと名付けられる予定でしたが、24歳という若さで仲間を助けようとして亡くなった、船長であり、父の友人であった人物の名をもらい『Pétur Hafsteinn』と名付けられました。」

「父は当時のことや、どんな心境だったかなどを話すことはありませんでした。おそらく父も12歳のときに自分の父親や叔父を海で亡くしたからだと思います。しかし、私が航海学校に通っていたとき、父の亡くなった友人であり、私の名前の由来となったPétur Hafsteinn氏の息子Kristjánに出会ったのです。そして、父たちと同じように、私たちも同じ学校を卒業しました。

昔はKristjánのおばあちゃんからバースデーカードを貰うほどの仲で、今でもKristjánとは連絡をとっています。」
ここからはPétur氏の人生に大きな影響を与えた祖父、Pall Jónsson氏の話をしたいと思います。

1930年にPétur氏の祖父であるPall氏は「Fjölnir」という名の漁船を購入しました。マダラとリングを獲るための大型のはえ縄漁船です。第2次世界大戦中、このような船は連合軍に物資供給をしたり、イギリスへ魚を運んだりすることに使用されました。危険な仕事でしたが、お金にはなりました。1943年には祖父Pallは、2隻目である船「Hilmir」の建設資金を蓄えました。

「当時としてはとても大きな船でしたから、あの小さい村で祖父は王様のような気分だったでしょう。

しかし、突然の悲劇が襲います。1943年11月25日のことです。初航海中、「Hilmir」は祖父含め乗船者全員と共に消えてしまいました。原因は正確にはわかっていませんが、船員を襲撃から守るためにコンクリートで補強していたブリッジによって、バランスを崩したのではないかといわれています。

更に、その18ヵ月後にはアイルランド付近を航海していた「Fjölnir」が貨物船と衝突しました。Uボート(ドイツ海軍の潜水艦)に攻撃されないよう消灯していたためです。Pétur氏の大叔父を含めた全乗船者5人が、この戦争中に命を落とした最後のアイスランド人となりました。

この歴史を忘れないためにも、ヴィジール社の船内には、この2隻の船のモデルが飾ってあります。

家族経営の漁業立ち上げ

獲れたてのマダラとPétur氏の義理の息子Johann Helgason氏、ヴィジール社 生鮮冷凍加工マネジャー

獲れたてのマダラとPétur氏の義理の息子Johann Helgason氏、ヴィジール社 生鮮冷凍加工マネジャー

1956年、Pétur氏の父Páll Pálsson氏は25歳のときに自身初の船を購入します。しかし、その船は1964年に事故で沈んでしまいます。幸い乗船員はみんな無事でした。その保険金でPáll氏は妻と共にヴィジール社創設へと向かいました。

「息子の私が父(Páll)に、それからどうなったの?とたずねると、父は決まってこう言いました。『私たちは漁獲と加工を始めて、それからずっとそうしてきた。それだけさ。
よくいわれるように、船乗りの血をひく者なら、それにしたがって漁を続けるだけなのさ。』」

しかし、Pétur氏の家族は予想以上のことを成し遂げました。

2015年に50周年を迎えたヴィジール社は、世界で最もよく管理された漁業として、データや最新技術を使った近代的なビジネスへと転身したのです。

ヴィジール社の新しい工場では、毎分500枚の切り身を生産しており、その1日当たりの魚の使用数は、約15,000~20,000 尾に相当します。スキャニングマシーンとウォータージェットカットを使用して白身魚の切り身の骨抜きを行います。そして、熟練したスタッフが切り身をパッケージに詰めます。スタッフは2時間毎に30分の休憩をとることができ、その日に獲れた新鮮な魚を昼食で堪能します。

ヴィジール社のマダラとリングの鮮魚、冷凍魚、塩漬けは、ヨーロッパと北アメリカへ送られます。アイスランドでは漁獲量が多いため、その供給は無限にあると思われがちですが、それがずっと続くわけではないのです。

1960年代のニシン資源の崩壊は、高い失業率につながりました。

そこでアイスランド政府は、経済の多様化に着目し、漁業という収入源への依存を減らすため、アルミニウムなど他の資源に多額の投資を行いました。また、アイスランド漁業管理法を制定し、1983年には海域内での漁獲枠を設定しました。

漁獲枠は、科学的研究に基づいて勧告され、各漁業会社が漁獲可能な漁獲量(重量)として割り当てられます。漁獲枠は漁業会社間で取引できますが、年間総漁獲量は政府の目標値内におさまらなければなりません。

導入当初は論争の的となった漁獲割当制度ですが、最終的には効率的で、より収益性が高くかつ環境に配慮した漁業につながりました。

漁業を管理するには2つの手法があります。1つ目は時間制限です。漁獲可能な日が1日あったらどうしますか?その日は1日中、獲れるだけ魚を獲るでしょう。
2つ目は漁獲量制限です。10トンしか獲れないといわれたら、考えが大きく変わるでしょう。燃料や船数を最小限に抑える考えも出るでしょう。
次の年、もし漁獲枠が増えないとしても、水産資源が回復しているので、漁獲効率が向上し、より短時間で漁獲できるようになります。これが今、アイスランドで起きていることです。
Pétur Hafsteinn Pálsson 氏

科学と協働する

漁獲枠は Marine Research Institute(海洋研究所)によって設定されます。研究者はヴィジール社を訪問し、定期的にサンプルを採取します。魚のサイズや重量の測定に加え、耳石(魚の頭部にある骨の一種で、年齢査定に用いられる)の採取も行われます。

このデータと、漁船や調査船から得られたデータを合わせることにより、水産資源の健全性を知ることができます。これにより、資源を減少させることなく漁獲できる量を算出するのです。

アイスランド政府は科学的助言を遵守し、漁獲枠を設定しています。そして、水産資源が回復するにつれ、漁獲できる量は徐々に、そして慎重に増えてきています。

1990年代には、大漁というと、はえ縄の針1本あたりの平均重量が350gくらいでした。ここ2,3年前にはそれが400 - 500gへと変わりました。そして今では700 - 800gの魚が獲れており、将来的には1kg以上の魚が獲れる日も近いといわれています。
Sveinn Gudjonsson 氏、ヴィジール社の塩漬け製品マネージャー、及び Pétur 氏の義理の兄

このような漁獲率の増加により、船乗り時間が短縮化され、燃料使用量が減りました。結果、漁獲過程で排出されるCO2量の削減にも繋がりました。

漁獲割当制度により、アイスランド漁業はもはや魚を獲れるだけ獲るのではなく、需要のある分だけ獲るのです。

コンピュータシステムを導入したことにより、漁船が港に到着する前に漁獲量、大きさ、質といった情報がヴィジール社の加工マネージャー に伝達される仕組みになりました。

このデータは、営業や加工の部署のソフトウェアにも送られるため、漁獲された魚は直接加工にまわされます。そして、新鮮な切り身はヨーロッパ行きの飛行機に積まれ、24時間以内に目的地に到着します。

魚は漁獲された日付と漁業が追跡できるよう、トラッキング情報と共に販売されます。

「漁業は私の全生涯をかけたライフワークです」

Pétur氏の祖母の名にちなんで名づけられたヴィジール社で所有する最大の漁船Johanna Gisladottir号の船長であるÓlafur Óskarsson氏は、16歳の頃から漁師として働いています。4日間の漁を終えて、グリンダヴィークに戻ってきたばかりです。彼の船にはマダラとリングが積まれています。

Ólafur氏の仕事はますますハイテクになっています。コンピュータシステムによって居場所、海底、水温、天気がわかるようになっています。また、過去15年間のデータをさかのぼり、漁をした場所、漁獲量を即時に確認できます。甲板の下の監視カメラは、船内の機器と7人の乗組員の安全を管理しています。

Ólafur氏は、持続可能な漁業を確実にするために、政府によって指定された境界内でのみ操業するように心掛けています。現時点(2016年4月中旬)では沖合12マイルまでの漁場では、魚の産卵場を保護するため、操業が禁止されています。

また、冷水性サンゴがある海域や海山がある海域での操業は避けますが、これは生息域を破壊したり、魚貝がからまったりしないようにするためです。小さい魚が多く取れる場所は漁業を一時禁止するといった迅速な対応がなされるケースもあります。

「持続可能な漁業が当たり前になってきました。明日も漁師として働きたいし、次の世代にも引き継いでほしい。漁業は私たちにとって重要な生計手段であるため、え量の魚を獲ることが大切です。」
Ólafur Óskarsson 氏、Johanna Gisladottir 船のせ船長

アイスランド産のブラジル伝統料理

ヴィジール社のメイン製品の1つである塩ダラとリングは、バカラオの原料として知られています。バカラオは地中海の国々で食べられる伝統料理で、ブラジルでも大変人気です。長年にわたって保存がきく質の高い塩漬け製品は、高い人気を誇ります。

バターで焼かれたマダラの切り身である伝統料理バカラオを作るためには、最初の24時間を塩水に浸漬しなければなりません。その後、21日間乾燥させたのちに包装され、市場へ運ばれます。

バカラオは、調理前に水につけて塩抜きをする必要があります。時には4日間も水に浸す必要があると言われており、24時間ごとに水を変えなければなりません。

伝統的なバカラオ料理は、家族みんなで一緒にクリスマスに食べます。9月から3月のマダラ漁の最盛期には、ヴィジール社は毎週6つのコンテナにバカラオを積み、スペイン、イタリア、ギリシャまで輸出しています。

2016年のリオオリンピック・パラリンピックの選手村では塩ダラが、ブラジルとポルトガルでおなじみのBolinhos de Bacalhauというコロッケ料理として提供されました。

持続可能性を認証する

このような技術への投資と厳重な管理により、アイスランドのタラ、リング、ハドック、ニシンやシロイトダラ漁業はMSC認証取得へと繋がりました。

漁業会社は、アイスランド持続可能漁業会(Iceland Sustainable Fisheries: ISF)を経由して、MSCの認証にかかる審査費用を分担しています。関係するすべての会社は、平等に自分の魚をMSC認証のものとして販売する権利を持っています。

MSCのエコラベルは、アイスランドの環境に対する取り組みを実証するだけでなく、この取り組みが次世代も豊かにするという保証にもなります。Pétur氏は、水産物の販売にあたり、持続可能であると認証された製品を提供することが当たり前になってきていると言います。

MSC認証は、アイスランドの漁業者が2016年のリオオリンピック・パラリンピックでタラを供給するという契約を確保する新たな市場を切り開くきっかけとなりました。

MSC「海のエコラベル」付き製品を購入することで、企業や消費者はアイスランド漁業者の努力を報奨することができるのです。

「持続可能な漁業かどうかが、マーケットでは最大の関心ごとです。」
欧米では、魚を販売するときに最初にくる質問は『持続可能な漁業で獲られたお魚ですか?』です。
もしそうでなければ、取引はできません。持続可能な漁業を行うことはとても大事なことです。なぜなら市場がそれを求めているからです。持続可能な漁業でなければ、ここではもはやビジネスになりません。」
Pétur Hafsteinn Palsson 氏

写真:Sigridur Olafsdottir氏、MSC認証マダラの切り身をヨーロッパへの輸送に向けてパッキングするヴィジール社の現場監督

新たな兆し

ヴィジール社で漁獲されたマダラとリングは、全ての部位が無駄なく使用されており、例えば、魚の舌は地元のマーケットで販売されています。

背骨や頭はナイジェリアで販売するために乾燥します。中国では媚薬として浮き袋を取引する市場もあります。

最近では、アイスランドではオメガ3が豊富なフィッシュオイルの生産が多様化しています。ヴィジール社は魚の皮や内臓からの酵素からコラーゲンを生産する新工場にも投資しています。

皮膚アレルギーを持つ人に適した魚の皮から作られたプラスターという薬もあります。すべてが持続可能であり、MSC認証のものとして販売することができます。

Pétur氏は、これらの新しい技術とマーケットは、将来の世代を漁業に惹きつけるものであると考えています。この世代の漁業者、関係者の努力のおかげで、チャンスは無限にあります。

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